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どれも要するに「カラダ」のことでしょ? 「使い分け」とは、またややこしいことを……

……っていうか「身体」って「からだ」?「しんたい」じゃなくて?……「からだ測定」?「からだ能力」? あれ? うそ……、今までずっと間違えてたかも……


疑問


いえいえ、間違ってませんよ! ちゃんと「しんたい」とも読みます。

でも「からだ」と読ませる場合もあって、だから面倒くさいんですって!



さてさて「からだ」「体」「身体」です。


どれも同じく「からだ」と読ませるのなら、ぜひ一つに統一していただきたい……

日本語ってヤツはこれだからまったく……「繊細な言葉」とか言われて調子に乗りおって……ブツブツブツ……



やっかいな日本語、面倒な日本語、でも我らが母国語である日本語……

ですが、この「からだ」×3は、その誕生に確かに日本ならではのこだわりも見受けられる言葉でもあるのです。

「からだ・体・身体」の意味、使い分け等も含めまして、違いをわかりやすく解説いたします。


違いを知り「日本語め、なかなかやるな」などと密かに思っていただけましたら幸いです。


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「からだ・体・身体」の違いってなに?


頭があり手足があり胴がある。このすべてをまとめて「からだ」、「五体満足」の「五体」のことですね。なんだか当たり前のことを書いている気もしますが、その他にも「からだ」には、

  • その在り方(「当然そうあるべき存在の仕方」のこと)、その健康、または体力、能力
  • 特に胴の部分を指していう
  • 体格・骨格・体つき
  • 死体、亡骸(なきがら)

などの意味があります。

からだ」と書いても「体」でも「身体」でも、基本的なこの意味は変わりません


じゃ、特に書き分ける必要ってなくない?


そうなのです。しかも「身体」に至っては「からだ」とは本来読めないのですね。

常用漢字としての読み方は、冒頭にもありましたが「しんたい」。「しんたい測定」「しんたい能力」です。


でも、使うよね? 特に「身体 = からだ」って。
なんで?



伝わるニュアンスが変わってくるからです。

「からだ・体・身体」の違いとはまさにここ。


ニュアンスの違いにここまでこだわるのが(面倒くさい)日本語なのです。

ではまずは「体」と「身体」の2つについて、そのニュアンスの違いからくる使い分け等から見ていってみましょう。

「体」と「身体」の使い分けは?


「体」と「身体」、より一般的で多く使われているのは「体」、公的な文書や新聞などでも「体」です

先ほども書きました通り、常用漢字で「からだ =」とされているのは「体」の方だからですね。

「身体」と書いて「からだ」と読ますのは常用漢字外となります。


にもかかわらず「ニュアンスの違い」により書き分けられている「身体 =からだ」。


うーん。その違い部分がイマイチわからないため、書き分けようがありませんが……


ではまずは「からだ」の語源からいってみましょう。

    「殻 」+「だ(接尾語)」で「殻だ」=「からだ」


ちょっと意味がわかりません……


では……

大昔から日本では「魂」と「肉体」は分けて考えられていました

「殻」とは「内部がなくなってしまった外皮」または「外部を覆っている固いもの」などのことを指す言葉。


「からだ」の語源が「殻だ」だとするのであれば、ではその「なくなってしまった内部」とは何か、「固いもの」は何を覆っていたのか?


「魂」ですね。

そしてその外皮、もしくは「魂を覆う固いもの」が「肉体」です。


つまり「からだ(殻だ)」とは現在とは違い
「生きていない、魂の宿らない肉体」のことを指す言葉だったわけです。


では「魂の宿っている肉体」は何と呼ばれていたのか?


これが「身」なのです。



つまり「魂の宿っている『身』」と「魂の宿っていない『からだ(殻だ)』」、別々の物として捉えられていました。


そして平安時代に入り、肉体のない「殻」の状態、つまりヘビやセミなどの抜け殻や、肉体はあるものの「亡骸」「死体」など、すでに命の宿っていない肉体を示す言葉として「から(「だ」のないバージョン)」へと変化します。


呼び名は若干変わりましたが、依然として「生きていない、魂の宿らない肉体」を指す言葉としての「から」です。


そして再び「からだ」と名を変えるのは室町以降。

大筋では同じく「生きていない」ものに対し使われる言葉でしたが、「生きている」ものに対しても時には使われるようになっていきます。


分岐点ですね。


平安時代といえば、まだまだ普通に悪霊や呪いなどが信じられていた時代。公家中心の時代です。

室町時代は、武士がその公家に成り代わりつつあり、そして「いざ鎌倉!」の鎌倉時代に続く時代でもあります。

かつてに比べ「魂」と「肉体」はきっちり別物、とはされなくなってきたのです


そして室町時代を経て、後に「からだ」は「生きている」ものに対するもの、つまり
現在のように「頭・胴・手足」全部をまとめたものを指す言葉へと変化してきたのです。

そしてさらには前述の「体」の意味のように、体格・骨格・体つきや、その在り方、健康や体力なども含む意味として現在に至っているのです。


続いて英語で「体」を考えてみましょう。


「体」は英語では「body」。まさに「肉体」といった捉えられ方ですね。そして対になる形で「soul」や「mind」「spirit」などがあるわけです。


バッサリです。明快です。

「体」といったらもう、肉体なのです。

日本のように「魂の宿った『身』を内包しているもの」といった感覚で使われる単語ではありません。


さてさて、赤ちゃんもこの「body(=体)」をもって生まれてきます。これは人に限らず、子犬や子猫、昆虫でも魚でもみんな一緒。これからどのように育っていくのかは、まだまだ未知数の存在です。

そして徐々に一人の人間として、社会の中でいろいろなものを身につけながら成長していくのですね。

つまり生まれたままの単なる「body」であった存在ではなく、心や考えを持ち社会の一員でもある社会的かつ文化的な存在へと変わっていくのです


これに「殻だ」から始まる日本人のルーツともいえる「身も心も」的な考え方を当てはめていきますと、どうしても「心」と「肉体」をバッサリ切り離すことができない、
「肉体」だけではなく「心も含めての『からだ』」、つまりかつての言葉でいうなら「身(魂の宿った肉体)」も含めたニュアンスで使われる言葉が、「身体」なのです。


「体」は「肉体」、その人の「生命」または「存在」そのものですが、「身体」では、その存在が社会の中で生きていく「生」、肉体という一種の物体として「死んでいない」のではなく、その人として心を保ちつつ「生きている」状態ともいえるのです。


これが「体」と「身体」を分けているニュアンスの違いです。
簡単にまとめますと、

  • 体: 肉体。そこにあり触れることのできる物理的な肉体
  • 身体: 心身。触れることのできる肉体と、その肉体の持つ心も含めたもの。


ポイントは「心を含むか否か」、です。


また生き物全般、もしくは車などのボディ、などとも広く使われる「体」に対し、「身体」が使われるのはほぼ人に限られます。

なぜなら「肉体」とは別の「魂」、つまり「心を持つのは人だからである」といった考えが根底にあるからです。


ですので「体」「身体」かの違いにより「お大事にして」ほしい「おからだ」も様子が変わってくることになります。

お体を大事に」ですとケガをされた方に、その部分についていうセリフのようになり、逆に「お身体」であれば、ある部分、または肉体的なことだけではなく「心も穏やかに過ごせますように」といったイメージの言葉へと変わってくるわけです


「身体」ではなく、その前身のような「身」の使われている慣用句もたくさんありますね。

例えば「相手の身になって」。「相手の立場に立って」といった意味ですが、これが「体」ですと、物理的に何となくとんでもないことが起きてるような表現になってしまいます。

「身が引き締まる」、引き締まっているのは「精神的なもの」、心です。「体が引き締まる」、これではただのダイエットの成果。本来の意味からズレまくってしまいます。

ですが時の流れに「身をまかせ」ても「体をまかせて」も、また「身にしみ」ようが「体にしみ」ようが、特に意味に変化は見られません。


「身体」は、このように「体」の意味も持ちつつ、「心」や「魂」「精神」を表わすとともに、立場、地位、身分等の意味でも使われる言葉なのです。


「からだ」は「体」と書くのが常用漢字通りの正しい表記ではあるのですが、上記のようなニュアンス重視で書き分けるのであれば「身体」。

また、「体」よりも丁寧にいう言葉として、手紙などの書き言葉では「身体」とすることもマナーとされています。

肉体部分の「体」だけでなく「心」も含めて、気をつけて、お大事に、などと言われた方が確かにうれしい気もします。


ですがいずれにせよ、「体」と書いて間違いになることはありません。というよりテストなどでは「からだ = 身体」ではバツ。 むしろ「体」以外使ってはダメです。


そうなのですが、やはりTPOに合わせて使い分けられている文章を見ると「やるな」と思ってしまうのもまた、事実なのです。


「身体」とは、「体」+「心」。

栄養を摂り入れるのは「体」の一部である「口」からですが、その栄養が行き渡っていくのは「身体」です。

病気等で手術を受けるのは「体」のある部分ですが、その後のケアなどを受けるのは「身体」。

健康や体力といった意味でも「身体」ですね。


細かなニュアンスの違いですが、「体」と「身体」の関係、使い分けはこのような傾向となっています。

「からだ」とは?


「体」と「身体」。もうこれだけでいいような気もしますがもう一つの「からだ」。ひらがな表記のものですね。

これに関しましては、あまり明確に「こういう場合」といったものがないのですが「ひらがな表記」全般でいいますと、やはり読みやすく親しみやすいイメージにしたい場合に使われることの多いもの。

漢字をまだ習っていない小さなお子様でも、ひらがなで書かれた絵本の文字などは読めます。


ですが、通常の文章があまりにもひらがなだらけですと、


そうたいせいりろんというのは、つまり、だいじなりろんのことなのである。


…………
あれ? あの人カッコいいのに、いいのって完全に顔だけの人……?



書いた人の何かを疑いたくなってきてしまいます……このように悲しい文章になってしまうのです。


漢字は形を見れば大体の意味も分かる「表意文字」とも呼ばれるもの。

ですが四角張った文字がいくつも並んだ文章は、圧迫感がすごい、堅苦しいも感じます。読もうという気が削がれまくります……


そこで名詞や動詞、形容詞などには「漢字」を、それらを繋ぐ助詞や助動詞などには「ひらがな」を使うのが一般的なのです。


「『悲しい』『気分』でも『笑える』のが『特技』」、「『財布』には『硬貨』のみ、『3週間前』から」のような感じですね。


……うーん、がんばれ!!……ですが、かわいそうですが「漢字」「ひらがな」は、こうして書き分けられているのです。


ところが「今日は掃除をする『こと』」などの場合には「事」と漢字で書くこともできます。「言う」「いう」などもそうですね。


このような場合には、その漢字にすべきか ひらがなにすべきか悩む言葉に「どれだけ意味があるか」で使い分けるというある程度のルールもあります。意味の強い言葉は漢字表記です。


「今日やるべきこと」が「掃除」なので、強く伝えたいのは「掃除」。もう「今日は掃除!」でも伝わるので「こと」はひらがなでOK

何かを話した」の意味で使われる「こないだ言っていたのって、これのこと?」などでは「言う」。「言う」本来の意味ではなく使われる「執事という名の職業」などでは「いう」、ひらがな表記ですね。


ですが個人的なものであれば、一つの文章に同じ単語で「漢字」と「ひらがな」が混在していなければ大丈夫。もはや感じ方、これはセンスの問題です。適応ルールは特に設けられていないのですね。


さてさて、そして「からだ」です。これは上記のものともちょっと違うのです。


すでにニュアンスの違いで使い分けられている「体」と「身体」。


では「からだ」とひらがな表記するのは?


前述の通り、読みやすく親しみやすい文章にしたい場合がまず挙げられます。

「体」もしくは「身体」の意味で、単に表記をひらがなにした形です。


これが「からだ」とする一般的な使い方かと思いますが、あえて「肉体」「心も含むもの」のような分け方をすれば、そのどちらも超えたもの、「存在する肉体」「社会の中での存在としての」というより、「自然界の一員として生きていく上での」といった意味合いで使いたい場合には「からだ」を用いる傾向にあるようです。


ちょっとわかりにくいですが、一人の人間として自然界に対峙する、つまり文学や芸術、宗教といったものに関する場合ですね。


例えば「からだの声を聞く」、実際にはからだからの声は聞けませんが、何となく言いたいことはわかる、また「からだに知恵をつける」、つきませんが、生きていくための知恵、といったニュアンスが感じられます。


「体」でも「身体」でもなく「からだ」。

「生命」や「生涯」ではなく「命」そのもの、といった使われ方です。


これは難関ですね。

このように考えた末に「からだ」表記を使ったとは思えないものも多々ありますが、どうしても「体」「身体」のような使い分けを、というのであれば、一応このような傾向があるのです。


ですが、これもまたルールのないもの。

漢字が続く文章などでは、読みやすくするためにひらがな表記の「からだ」を使う、などでも全く構いません。

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「からだ・体・身体」のまとめ♪


一番簡単そうだったひらがな表記での「からだ」が一番曖昧というか絡まっている気がします……


ではここでもう一度おさらいです。

3つの「カラダ」について、違いや使い分けについてまとめていってみましょう。

「からだ・体・身体」の意味は?


  • 頭から足までをまとめていう語、またその在り方、健康状態、体力、能力
  • 頭と手足を除いた部分、胴部
  • 体格・骨格・体つき
  • 死体、亡骸

一般的なのは?


  • 「体」です
    → 次いで「身体」ですが、常用漢字通りであれば、本来「身体」と書いて「からだ」とは読めません。ですので公的な文書やマスコミなどでは「体」で統一です(「身体」とある場合には読みは「しんたい」です)。

それぞれどう使い分けられてる?


  • 体: 生き物全般の物理的な「肉体」として
  • 身体: 心も含む「心身」として / ほぼ人間に対してのみ
  • からだ: 読みやすく親しみやすい文章にしたい場合 / 文学・芸術・宗教など、「社会的・文化的な存在」としてではなく、もっと大きな「自然の中での存在」のような形で使いたい場合

  • → ですが、明確なルールが設定されているわけではありません。あくまであえて書き分ける場合の傾向としてお考え下さい。

手紙などの書き言葉では?


  • 「身体」です
    →「体」より丁寧な書き方とされるため。また肉体的なことだけではなく「心身ともに」の意味で使われるため。

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終わりに……


細かい……
細かすぎだぞ、日本語よ……



ちなみに「身」は「女性が子どもをお腹に宿した姿」を描いた象形文字。

なるほど、そういわれれば、何となくそのように見えてきます。

それで「身体」が、このような使われ方をしているのか……とちょっと納得です。


「細かすぎ!」の意見は変わりませんが、まぁ、いろいろ考えられているんだなぁ、とも思えてきました。……でもやっぱりややこしいぞ、日本語よ。


さてさて、いかがでしたでしょう。

「からだ・体・身体」、違いと使い分けについてのモヤモヤは、少しは解消しましたでしょうか。

日本人って面倒くさいんだなぁ。はっ、自分も日本人だった! なら、まぁ許すか……などと思っていただけましたらうれしいのですが……


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