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山と盛られたことから名づけられた「もりそば」、ざるに盛られた「ざるそば」、器に使われる蒸籠(せいろう)がせいろ、に省略され呼び名となった「せいろそば」。

この違いは確かに鉄板です。そして、そうであってほしい違いでもあります。

ですが、実際には……


……「蕎麦」っていったら江戸っ子。粋でいなせで江戸っ子だから、このへんアバウトでいいの?

蕎麦

……怒られますよ……

お店によっては、これは「せいろそば」ではないのですか? と二度見必至の、蒸籠に盛られた「ざるそば」や、そう見せかけておいて実際には「もりそば」、など、お品書きからの予想を遥かに上回ってしまっている「そば」が提供されることもあります。


本当はどこが違うのでしょうか?

どこか……違うのでしょうか?!



「もりそば」「ざるそば」「せいろそば」、それぞれの生まれた歴史等、振り返りつつ、違いを解説いたします。

明日からの蕎麦ライフのお供に、よろしければどうぞお役立てください!


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「もりそば」と「ざるそば」と「せいろそば」の違いを超簡単に


現在の一般的な「そば」について、3つの違いを大変バッサリと分けますと、

  • 「もりそば」と「ざるそば」は、「ざる」の方が若干高い。その値段を分けるものは、見た目では「海苔の有無」くらいしか見当たらない(その違い = 海苔代、だいたい50~100円! )。

  • 「ざるそば」と「せいろそば」は、一応器の違い。「ざるそば」は笊(ざる)に、「せいろそば」蒸籠の容器で出される。が「ざるそば」が蒸籠に盛られていることも。やはり「ざるそば」にのみ海苔あり。

  • 「せいろそば」と「もりそば」は、違う部分ゼロ。そのため、1つのお店の品書きに「せいろ」と「もり」が混在していることはまずなし。どちらの名称をメニューとして表示するかは、そのお店次第。もう、経営者のセンスの問題。

……海苔ですか?


といった感じになっています。

困りました。モヤモヤが全く減っていきません。

でも大丈夫!!

そういう時こそ振出しに戻り、その誕生の地「江戸」で、なんとか納得のいく違いを見つけてみましょう。

「もりそば」とは?


今回問題となっている3つの「そば」の中では一番初めに誕生した「もりそば」。江戸時代中期のことです。


それまでは「そば切り」という、そば汁につけて啜る、という食べ方のものが一般的な「そば」として提供されていました。現在の蕎麦スタイルですね。


「もりそば」の名称を生むきっかけとなったのは「ぶっかけそば」、いわゆる「かけそば」の流行です。

その「そば」と「ぶっかけそば」が注文時に混乱を招く、という理由から今までの「そば」を「もりそば」に名称変更。

つまり、お店事情からの、

  • 「そば切り」 = そば汁につけて食べる普通の「そば」として提供
  • 「ぶっかけそば」の流行 → 「そば」と「ぶっかけそば」……紛らわしい
  • 「そば切り = そば」 → 「もりそば」に呼び名を変更
  • 「ぶっかけ」と「もり」 → 全然違う! まず間違えない!
  • 「もりそば」誕生!

だったのではないか、というのが有力な説です。


「もりそば」というまったく新しいメニューが誕生したわけではないのですね。誕生したのは新しい「呼び名」です(もちろんその名称に決まったのには「山と盛られた」という由来もあるのでしょうが)。


もしも「ぶっかけそば」の流行がなければ、「もりそば」は今でも「そば切り」として品書きに書かれ続けていたのかもしれないのですね。

「ざるそば」とは?


さて「ぶっかけそば」のおかげで「もりそば」が誕生したわけですが、こちらの「ざるそば」は「もりそば」がさらに進化してできたもの。東京深川の洲崎(現在の江東区木場洲崎神社のあるところ)の「伊勢屋」さんが「もりそば」の器に、水切れもよく何となく涼し気でおしゃれな竹ざるを代用してみたのが始まりです。


それまでの「もりそば」といえば平椀(お皿のようなもの)やお椀、蒸篭(せいろう)などに盛られているものばかりでしたが、伊勢屋さんの竹ざるは斬新でした。

そして伊勢屋さんもなかなかのやり手。竹ざるに盛った「もりそば」を、「ざるそば」として売り出したのです。


「ざるそば」は有名になり注文も増えていきます。

出前も増えます。ところが、


……しまった! ざるが器では重ねて運ぶことができないじゃないか!


ということでいつの間にか「ざる」の代わりに重ねやすい「蒸篭」の器へと戻りますが、名称は「ざるそば」のままです。


お客さんもすっかり「ざるそば」での注文に馴染んでいたため、今更「器だけ変えたんです、運びづらいんで」などの説明もなく、蒸篭に盛られていても「他の店が出している『もりそば』とは違います!」という理由でそのまま「ざるそば」は定着。


「ざるそば」名称を最初に作ったお店の強みです!


もちろん最大の違いは「器にざるが使われているか、それ以外か」なのですが、そばのつけ汁にも一工夫ありました。


ざる汁はもり汁に比べ、濃厚で豊かなコクが特徴。

「ざるそば」のつけ汁には、もり汁に使われる普通の「かえし(そば汁に使われる調味料のこと。これを出汁で割ってそば汁は作られます)」に同量の味醂を混ぜ「ざるそば」専用の「御膳かえし」、というちょっと高級なざる汁が提供されていたのです。


良かったです。「ざる汁( = 高級な御膳かえし)」の存在がなければ、伊勢屋さんのイメージがちょっと悪くなってしまうところでした。

♦「そばつゆかえし」作り方


その後、他店でも続々「ざるそば」は提供され始めていきます。


「もりそば」「ざるそば」の注文が飛び交う各店内。

「えっと、これはどっち蕎麦?」とならないよう、お店の人たちの試行錯誤の末、ここで「海苔の登場」となります。


「ざるそば」には「海苔」。


つまり、

  • 伊勢屋さんが「ざるそば」の名前で、器以外の見た目では「もりそば」にしか見えない「ざる」に盛った「ざるそば(つけ汁はちょっと高級)」を生み出し、
  • それに乗って他店でも売られ始めた「ざるそば」。もともとメニューにある少し安めの蕎麦「もりそば」と間違えないよう、
  • 今の「海苔乗せスタイル」の「ざるそば」の誕生。

となったわけです。


けれど、その誕生は一つの終わりももたらしました。


ざる汁専用の「御膳かえし」の廃止です。


海苔には塩分があり汁も吸ってしまうため、濃いめのざる汁はますます濃くなり、ちょっとこれは……という味になってしまうのですね。

こうしてせっかくのざる汁はなくなり、海苔が一緒でもおいしく頂けるような、大人しめなインパクトのそば汁での提供へとマイナーチェンジです。


「ざるそば」には「海苔」、汁の違いよりも分かりやすい見た目の違いの勝利でした。


その後、明治時代にかけ、「『ざるそば』は『もりそば』より高級」という路線は続いていきます。「もり」と「ざる」、そば粉や出汁の素材、薬味にも差がありました。


古くから続く老舗蕎麦屋では、まだまだそば汁をそれぞれ使い分けているところもありますが、今ではほとんど海苔以外の違いが見い出せない「ざるそば」と「もりそば」。


さて、次の「せいろそば」では、蕎麦の歴史にどのようなことが起きたのでしょう。

「せいろそば」とは?


「蒸籠」 = 蒸し物料理に使われるものです。


江戸時代初期、切れやすい蕎麦の調理法には、この蒸籠を使って蒸す、という方法が取られていました。ちょっとびっくりです。

が、やはりあっという間にこの「蒸す」調理法は、廃れます。普通、どう考えても蕎麦は「茹でる」ですね。


その後は、単純に「もりそば」の器のひとつとして使われる「蒸籠」。

ただの器としての「蒸籠」が「せいろそば」として生まれ変わったのは、江戸時代末期のことです。


安くて早くてそこそこ美味しいお蕎麦屋さんは、江戸の人々のお腹を満たす人気のスポット。

「そろそろ値上げをさせてください」と幕府に要求しますが、却下。その代わりに出された案が「器を底上げして、量を減らせ。そうすれば単価は上がる。つまり、値上げだ」というものでした。


底上げ蒸籠の誕生です。お蕎麦は「安い」というイメージが、その頃にはもう出来上がっていたのですね。


底上げされ、山盛りになった「もりそば」が「山盛りせいろ」 →「 盛りせいろ」 と微妙に名前を変え、ついには「せいろそば」として定着していくわけです。


なぜそれまで通りの「もりそば」で売らなかったのか、には「せいろそば」という新しい呼び名を客集めに使おうと思った、など諸説あるようです。

ですが個人的には、お店側の「いくらなんでも、少ない量のものを同じモノとして同じ値段で売るのは……」といった江戸っ子らしい良心から、「これは『もりそば』というか、『せいろそば』なんで一つよろしく」的に別名がついたのかなぁ、などと思っています(でも、これには何の根拠もありません。実際は名称を変えたマーケティング戦略、とする説が正しいのかもしれません)。

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「もりそば」と「ざるそば」と「せいろそば」の詳しい違い


さて、いよいよ錯綜した歴史を見せる3つの「そば」ですが、時系列的に、一度まとめてみることにします。

江戸初期


  • 蕎麦といえば「そば切り」。ラーメンで言えばつけ麺風、いわゆる現在の「別皿の蕎麦をそば汁につけて食す」スタイル。

江戸時代中期

  • 「ぶっかけそば」が流行。何と言ってもまだるっこしくなく、ササッと食べられることが江戸っ子気質には大人気。
  • 今までの「そば切り」もそれなりに売れているため、注文時に紛らわしくて間違えそうだ。
  • じゃ「そば切り」は山盛り、ってことで「もりそば」に変更で。

  • → 「もりそば」誕生。

  • 「竹ざるに盛ってお出ししたら、案外流行るかも」と深川の伊勢屋さんが冒険してみる。
  • 思惑的中!

  • → 「ざるそば」の名称として誕生。ざる汁を高級に、コクを深くうま味のある味で人気に。

  • 流行りすぎて、出前などの際、「ざる」では重ねて運べないため、器を今まで使っていた「蒸籠」に戻す。
  • 当然他の蕎麦屋も「ざるそば」を売り出す。
  • 1つの店舗に「もり」「ざる」の注文が殺到。
  • 間違えないよう「ざるそば」には海苔をのせることに。

  • 「ざるそば」には「海苔」の始まり。

  • 海苔と一緒に食べると、ざるそば自慢の濃い「ざる汁」が、濃すぎる残念な「ざる汁」になってしまうことが判明。

  • → 泣く泣く「ざる汁」廃止。見た目の見分け易さの方を取り、ここに完全なる「ざるそばには海苔」のスタイルが完成。
    (間違えないための情熱がすごいです。さすが客商売ですね)

江戸時代末期


  • お蕎麦屋さんたちが幕府に蕎麦の値上げを要求するも却下(この蕎麦とは、蕎麦の総称として「もりそば」のこと)。
  • 幕府曰く「値段は上げない。蕎麦は安くなきゃダメだ。だから底上げの容器で、蕎麦の量を減らしたものを出して単価を上げ、結果的な値上げとする」

  • → 蒸籠の底を上げ、「山盛りの蒸籠」 → 「盛り蒸籠」→ 「せいろそば」が生まれる(つまり「もりそば」が底上げされた蒸籠に盛られた「せいろそば」に)。

今もその違いは健在?


老舗蕎麦屋のいくつかでは、「ざる汁」を専用に作っておられるところもあります。


ですが、一般に「ざる・もり」の違いは「海苔の有無」、「せいろ・ざる」の違いは「器」もしくは「海苔の有無」(「せいろ」は「もり」と同じなので海苔がないことがほとんどです)、「もり・せいろ」は、店それぞれの好みやこだわりによりどちらかが品書きに書かれ、2つのメニューが同店舗に存在していることは、まずあり得ません。

ところで「海苔」のチョイスには意味があるんですか?



あるのです。


「蕎麦」は香りが良く、それを楽しむことも醍醐味のひとつです。

同じく香りの強い「海苔」は本来なら、蕎麦の香りを消してしまいかねないNG食材。


ですが、1年中香りの良いソバの実が収穫できるわけでなく、夏や秋などにとれたものには、それほどの風味は期待できないのです。


その時期の香り対策、フォローのために敢えて香りの強い「海苔」を使い補った、という説があります。


また、蕎麦はビタミンB1,B2 など、疲労回復に効果のある栄養素を豊富に含み、良質なたんぱく質も補給できる優れた食べ物ですが、それだけではどうしても他の栄養素が不足してしまいます。

海苔にはその不足分の栄養素が多く含まれています。また、実際、そば汁との相性もいいのです。


どちらにしても、ちゃんと考えられたトッピングであることは間違いないようです。

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終わりに…


なかなか複雑な歴史を歩んできていた「そば」。お蕎麦屋さんで「カレーにしようか、そば系にしようか」などと悩んでいる場合ではなかったのですね(悩んでもいいです)。


今では違いが「ほぼ海苔」、となってしまった「ざる・もり」。もはや同時に品書きに並ぶことさえない「もり・せいろ」。ですが、どれも消えずに現在に至っているのはなんとも江戸っ子の愛した「蕎麦」らしいですね!


……そうとも思わないけど、との意見もあるかと思いますが、たとえ今の姿に釈然としないものを感じようとも、3つの過去には、このような時代があったわけです。


その歴史、その錯綜ぶりの末の今、とお考えいただき、純粋に、かつ単純に蕎麦を食す。


なんとなく蕎麦ってそういうものかも、という気がしてきました。


今後お蕎麦を食べる機会がありましたら「これら誕生時のこと」などは、おいしくお蕎麦を食べ終わった後にこっそりと思い出していただき、それが今食べたお蕎麦の余韻を長引かせることになればなぁ、などとやはりこっそり願っております!


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